天のいと高きところには神に栄光

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「せめて一日おきには書こう」と思いながらも、随分とご無沙汰して自分の怠惰さに情けない限り。

っていうか、最近は本当に忙しかったんです。

最近っていうか、年末に向けてあと1週間ばかりは忙殺の彼方。だって、年末年始のコンテンツ用の取材のあれこれやら、制作作業もどこがどうなってんだか把握できないくらい。そんなんだから、1つ2つ飛ばしても勘弁して下さい。

そんな中、楽しみにしていたバッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ)の公演がいよいよやってきました!!!始まる前から名演決定!!!

BCJといえば、前回の定期公演でのカンタータを高熱の為に断念せざるを得ない状況で非常に悔しい思いをしたワケだが、本当はこれははってでも行くべきコンサートなのだが、こんなことならBCJの代わりに12/3のクソつまらないN響のコンサートの方で具合が悪くなれば良かったのに。古楽器好きなボクにとっては、どちらがより重要であるかは言うまでも無い。(そうでなくてもN響がつまらないのは更に言うまでも無い)

場所は東京オペラシティ。やたらと天井が高く、しかも後ろにだだっ広くて、いかにも響きの薄そうなホールなんである。なんとなく、丸いホールの方が響くような気がするのは気のせい?

この場所でつい先日、シュナイト指揮シュナイトバッハ管弦楽団/合唱団のバッハ「ヨハネ受難曲」を聴いたばかりだが、大時代的なたっぷりとしたアプローチがボクには合わず、しかも合唱が無駄に大編成であったために異様にモサッと聴こえて辟易したものだ(くれぐれもこれはボクの趣味に合わなかったということですから)。という事は、このホールはむしろ大編成だと音がゴチャつくのだろうか?少なくともS席以外は音を期待できないホールではある。

BCJは管弦楽も合唱も少なめ。解説によると、「(1パート1人説を唱える)リフキンには到底多すぎる」という事だが、編成としてはベストと思える。「キリエ」が始まった瞬間に、その美しい音色に思わず目頭が熱くなる。編成が少ないので線の細さが心配されたが、線は確かに太くは無いが、一音一音がクッキリ出るので、むしろ曲の構造がはっきりと分かってとても良い。

それにしても、今回も野々下さん(ソプラノのキレイなお姉さま)は絶好調。数回しか聴いたことないけど、ふくよかすぎず、凛々しさを持った野々下さんの歌声は本当にBCJに合っている。アルトのインゲボルク・ダンツに負けていないと思う。特にダンツとのデュエットとなった第2部の15曲目「われは信ず、唯一の主」では美声対決といった趣で、第1部2曲目「キリストよ、あわれみたまえ」のソプラノ対決に続いて非常にうっとりさせられる場面だった。

ティンパニのおっさん(ロバート・ハウズ)も絶えず前ノリで、でも出しゃばり過ぎない感じが好感触~。このティンパニの音色は思いっきり古楽器を感じさせてくれて、とても嬉しかった。

あと、何といっても全編に渡って活躍してくれたのがチェンバロの鈴木優人さんなんである。軽やかで、適切なテンポで、以前のBCJの公演でも聴いたけど、鈴木雅明先生の指示する曲の骨格を見事に構成している。それは言いすぎか。しかし「裏でしっかりと支え、作り上げている」という事であれば間違い無いと思う。

終始、美しさに聴き惚れながら終曲「われらに平安を与えたまえ」で、本当に幸福に包まれるように全曲を閉じる。


ここ2回ばかりがっかりなコンサート(シュナイトバッハ管弦楽団/合唱団、N響)が続いてただけに、今回は滅茶苦茶良かったなぁ~!観客からの拍手も実に温かいもので、勿論演奏の素晴らしさあっての事なのだが、その多くは鈴木雅明先生への尊敬に込められていると思う。

そのコンサートがどれだけ素晴らしかったかというのは、ボクの場合は会場を後にした時に、どれだけの幸福感に包まれたかという事にある。そういう意味では、今回は大満足。改めてBCJの素晴らしさを認識した次第。

で、BCJはクリスマスにヘンデルの「メサイア」をやるのだが、去年はデートを途中でブッチして当日券狙いで会場に駆けつけたといういわくつきのコンサートなので、今年はそれが通用するかどうか。今年もブッチするのか?<自分


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